大学生の時の話。今回は長いです。
1995年6月頃(サティアンを見に行ったころ)、就職活動はさっぱりで車でも洗うかと思い立って、国道沿いのコイン洗車場に行った。
平日の午前中なので人は少なく、私と離れたところにもう一人洗車している人がいた。
一通り洗い終わった頃、私の横に車が止まり、いかにも暴力団風のおっさんが降りてきた。
年齢は30半ばから40くらい。サングラスにアロハシャツ。胸元からは胸毛が見えている。
腕は熊のような体毛に覆われ、不精髭にごつい体格。
昔、成田空港で捕まった北朝鮮の金正日の長男みたいな感じ。
男:「おう、兄ちゃん話があるんだ」
私:「この辺のものでないから道はわからんですよ」
男:「道を聞いてはいない。見てほしいものがあるから、兄ちゃんの車に乗ってもいいか」
というわけで、助手席におっさんを乗せ説明が始まる。
クスリでも見せてくれるのかと思ったが、おっさんが取り出したのは、バッグ、時計、財布、アクセサリー、ライターなどで、いかにいいブランド物でいかに安いかを実演もまじえて力説した。
本来なら100万はするのだが、50万で売ってやるというのだ。
私:「僕は学生ですよ。50万なんて持っているわけないじゃないですか」
男:「じゃあいくらあるんだ」
私:「今財布には5千円しかないです」
男:「通帳にはいくらある?」
私:「生活費が6万くらい」
男:「だったら財布とブレスレットで特別に6万にしてやるよ」
えらいことになってしまった。
こんな興味のないものに6万も出せないと思い、
私:「でもやっぱりいらないですよ」
と言った瞬間、おっさんの顔色が変わり、
男:「お前、俺にここまで説明させといて何だその態度は」
と言って怒り始めた。
ヤクザの常套手段である。
私:「分かりました。6万で買いますよ」
男:「おお、最初からそう言えよ」
おっさんは気を良くした。
車で暴れられて壊されでもしたら6万では済まないことになる。
そこから郵便局にお金をおろしに行くのだが、
男:「俺の車で行くか?」
拉致されたら怖いので
私:「私ので行きましょう」
というわけでおっさんを助手席に乗せ、近くの郵便局に向かう。
途中、私の車の前に割り込んできた車がいた。
おっさんはすかさず、私の車のクラクションに手をかけ、鳴らしまくった。
この時本物のヤクザは凄いなとあらためて感じた。
そのころにはこのおっさんとも世間話ができる関係になり、
いろいろその手の世界の話をしてくれた。
おっさんは沖縄出身で3人の娘がいて新宿に住んでいる。奥さんがものすごく怖い。
組で急きょ金が必要になり、こうして回っている。今はボロ車に乗っているが、(練馬ナンバーの旧式クレスタだった)前は全部で700万円のフルチューンのアリストに乗っていた。これも急きょ売ることになり、300万円にしかならなかった。
私が「1回フェラーリに乗ってみたい」と話を向けると、あの車は運転席が狭い。以前、組の若いのがフェラーリを中古車屋で買ったが、すぐ壊れた。
車と同じようにその車屋も怒って潰してやったとのこと。
その頃、就職先に困っていたのでおっさんに聞いてみた。
私:「どこかいい就職先はないですか」
男:「兄ちゃんなぁ、おとなしすぎるからなぁ、俺の組じゃ無理だわ」
そりゃそうだ。
ヤクザからも不採用通知である。
そうこうしているうちに郵便局に着き、ATMの前までついてくるのかと思ったが、そこまではして来なかった。
無念の6万をおっさんに渡す。
男:「兄ちゃん、彼女いるのか?」
私:「います。今夜食事に行くんです」
おっさんは少し考えてから
男:「デートするのに金ないと困るだろ。男が金を持ってないとかっこ悪いからな。1万は返してやる」
なんと1万円を返してくれたのだ。
こういう義理人情に弱いらしい。
まぁ1万でも戻ってきて良かった。
また洗車場に戻ってきた。
男:「洗車の途中だろ、拭き取り手伝うぞ」
私:「もういいです。終わりました」
男:「案外、いいかげんなんだな」
ほっといてくれと思ったが、一刻も早くこの場を離れたい。
おっさんは最後にサングラスを取り、
「今、俺は本当に金に困っている。お前は俺を助けてくれた。本当に礼を言う。ありがとう。今度どこかで会ったら知らんぷりするなよ。何か困ったことがあれば助けてやるから」
と言い残して去って行った。
目がぱっちりしてかわいらしい目だった。
助けてやるからと言ったものの連絡先は知らない。
社交辞令か。
今思えば、「ピストル持ってるんですか?」と聞いたら、拳銃とか出てきたんだろうか。