我が家のすべらない話【すべて実話】

身の回りで起こった面白い話を毎日12時30分に更新していましたが、ネタが尽きてきたので2023年7月23日より更新頻度を減らします。

「あねぇーにきちぃー物言いをするもんがどけぇおりぁー」(173)

 2014年1月に高松の病院に入院し、5月に倉敷の病院に転院。
高松の病院ではわりと深刻な状況だったので、周囲を観察する余裕はなかったが、倉敷の病院では、少し歩けるようになってきたこともあって、周りの面白い人に気が付く。

 

僕の病室は3人部屋で、何人か入れ替わりあり、最終的に強風に飛ばされて骨折した
90歳のおじいさんと、腰を悪くして歩けなくなった70代のおじさんの3人になった。

 

90歳のおじいさんは、耳が遠く補聴器を使用していて、しょっちゅう補聴器がピーピー鳴っていた。
イアホンを付けてTVを見ているのだが、ボリュームがでかすぎて、音がダダ漏れであった。
ニュースやプロ野球は全く見ていないようで、ドラマかバラエティを見ているか、寝ているかのどちらかであった。

 

そして70代のおじさんの奥さんが強烈な人で面白かった。
おじさんは病院の食事が合わないらしく、毎日夕方5時ごろ、おばさんが面会に来た時に、カップラーメンや家で作ってきたおかずを食べていた。

ある日、見回りに来た看護婦さんに見つかってしまい、おばさんと看護婦さんとの間で口論に。

 

看護婦さん:「ちゃんと病院で出されたものを食べて下さい」
おばさん  :「うちのお父さんは、こんな食事は食べれん言うから、わざわざ私が作って持ってきとるんじゃが」


看護婦さん:「そういうことは止めて下さい」
おばさん  :「じゃあ、お父さんが食べるものがねぇが」

 

看護婦さん:「病院の食事はバランスを考えて作られていますから、出されたものを食べて下さい」
おばさん  :「おいしゅうないけん、食べれんのじゃが」

 

こんな感じで延々と5分ぐらい言い合った挙句、看護婦さんが
「もう勝手にして下さい」
と言って去って行った。

おばさんは、

 

「あねぇーにきちぃー物言いをするもんがどけぇおりぁー」

 

(あんなにきつい口のきき方をする人がどこにいるのか)

と強烈な岡山弁を言い放って、看護婦が優しいという噂を聞いたからこの病院にしたのにとか、病院の理事長に文句を言ってやるとか、私は70㎏だが、あの看護婦は太りすぎだとか(おばさんも充分太っているのに)さんざんぶつぶつ言いながら帰って行った。

 

このおばさんは病院に対しては、別件でも激しくやりあっていたが、僕に対しては、「おにいちゃん、おにいちゃん」と言って、かわいがって下さり、焼いもやヨーグルトをくれた。

 

僕も京都の大学に行ったときに岡山弁の強烈さを身に染みて感じた。
新幹線を使わずに在来線で岡山~京都を移動すると、岡山兵庫の県境で言葉が見事に変わるのである。

 

岡山で女子高生が「じゃーじゃー」言っているのは、県外に出てみないとその異様性はわからないと思う。

 

ただ大学の友人(高槻人)が「岡山弁の中でも『ぼっけぇ』は使い道がある」と言って
日常会話で使っていた。

「ぼっけぇ」は英語でいうところの「Very」に相当する。

「ぼっけぇ」と同義なのが、少し前に流行った妖怪ウォッチでの「もんげぇ」である。
「でぇ~れぇ」も同義である。

使用頻度で言えば、我が家の近辺では
「ぼっけぇ」 > 「でぇ~れぇ」 > 「もんげぇ」
となる。

 

亡くなったばあさんが、時折強烈な方言を使っていたが、記録に残しておけばよかったと思う。